ポンパドール・パラソル:野望編

旅行記や建築の話を書くブログです。

それは私です−柴田元幸

本や映画のレビューがおもしろい空中キャンプさんのエントリ−「気になる部分」/岸本佐知子もたくさんのブクマが示している通り,とても興味深かった.

上記エントリのなかで以下のように触れられている,

柴田元幸の新刊*1も、いっけんごくふつうのエッセイを装いながら、実はすべてが妄想で書かれたでたらめなヨタ話、という手の込んだ一冊で笑える

翻訳家・柴田元幸さんの妄想録「それは私です」はたしかに笑える名作だった.

それは私です

それは私です


「大航海」「赤旗」などに掲載されたせいぜい3〜4ページの,読みやすくしかも笑える文章が集められている.そのどれもが,妄想のお手本であるかのような素晴らしい妄想だ.個人的には「自動翻訳のあけぼの」「訊かないでよかった」あたりがツボだった.

柴田さんの翻訳でまっさきに思い出されるのが,エドワード・ゴーリーの作品とスティーブン・ミルハウザーの作品だ.その中のどれもが,(特にゴーリーの「ギャシュリークラムのちびっこたち」は)名訳と言って差しつかえない非常に浸透圧が高く読みやすい訳で,原著の英語ならではのテンポや韻など,翻訳をする際もっともネックになりそうな課題にも意欲的にトライし華麗にクリアしているすごい人なんだ,柴田さんは.

で,この「それは私です」なのだが,最初の「自動翻訳のあけぼの」でいきなり引き込まれた.
これは「新・訳太郎」という自動翻訳ソフトが,

訳文のスタイルを選ぶ機能は「ですます調」「である調」「口語体」「文語体」程度にはあったわけだが、それが今度は、「村上春樹訳」「池内紀訳」「吉田健一訳」「二葉亭四迷訳」などを選べるようになったのである。
 ここにはきわめて複雑な過程が含まれている。つまり、ただ単に、村上春樹なり池内紀なりの言葉づかいの癖・傾向のようなものを記憶させて、それを訳文に盛り込むというにとどまる話ではない。少なくとも「新・訳太郎」を製作したiトップ社が豪語するところでは、この原文を読んだら吉田健一なり二葉亭なりはこのように反応しただろうというところまで考えて−つまり、まずニュートラルな訳文を作ってそれに訳者色を付加するのではなく、訳文が生成する現場にまでいわば踏み込んで−訳を生成するところにこのソフトの新しさがあった。

なんてことになるのだが,このように妄想にしてはかなり細かい部分にまで踏み込んでいて,それがさらにユニークで面白い.こんな調子で「新・訳太郎」が翻訳家・ひいては社会にどのような影響を与え,その最期を迎えるまでを丁寧に妄想してあるので,こちらとしては安心して体を預けて楽しむことができる.
そしてこれが妄想としてとてもよく出来ているのが,さいごには柴田さんにとって嬉しい結末となる点だ.やっぱ妄想はこうでなくちゃいけないのである(と声高に叫ぶよ!).妄想するぐらいなら,多少強引にでも自分にとって嬉しい最後にするべきなのだ.そのほうが妄想していて楽しいから.

じつは妄想じゃない部分もあるらしいのだけど,その妄想と現実の比率もちょうど良い.柴田さんが好きなミルハウザーの魅力を登場する美大生に語らせたり(たぶんこれは妄想だろう.)とか,こんな感じのちょうおもしろい話が40個ぐらい入っているので,買ったらいいよ!

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