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ポンパドール・パラソル:野望編

旅行記や建築の話を書くブログです。

評論家の建築

藤森照信建築

藤森照信建築


XKHOME特別編集7ザ・藤森照信 (エクスナレッジムック―X-Knowledge HOME特別編集)

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建築雑誌のバックナンバーを眺めていたら,7月号(だったかなあ)の「建築史は社会に対して何が出来るか」という特集が目に止まった.その特集は著名な大学教授の論考が集めてあって,それらしくタイトルは「文化遺産の〜」とか大変大仰なものが多くてそれはそれで面白かったのだけど,その中に1人,「何もできません」というタイトルを打った人物がいた.
その人は藤森照信さんで,東大で建築史の研究をしながら建築の評論を行い,また実際に設計を行っている人だ.その論考は面白くて,内容は、「社会に対しては何も出来ないかもしれないけど、個人レベルで考えるとそうでもない.」といった感じで面白くまとめてあった.

藤森さんは実際に設計もしていると書いたけれど,その作品も実にユニークで,ファンが非常に多い.僕は何回か藤森さんの話を聞いたことがあるけど,話も面白い人だった.
例えば作品には,
この高過庵
f:id:matsukazuto:20080223220446j:image:w350
architecturephoto.netからお写真を使用させて頂いております
を見れば判るように,亜流というか,現代建築の主流からは意識的に距離をとっているかのような作品が多い.実際,そのほかの作品にはタンポポハウスとかニラハウスとかがある.

藤森さんのように,自分の本職である評論の対象,つまり建築作品なんだけど,それを生み出す行為であるところの設計に手を出す事はなかなか勇気のある行動だと思う.駄作はつくれないし,つくったら「何だアイツ、偉そうなこと書いてるけど自分では大したものつくれないんじゃないか」とか変なこと言われて,本業の評論のほうに支障が出てしまうことも考えられる.
でも実際作っている建物が,他の建築家と競合しない,主流とは大きくかけ離れるものだから,そもそも評論の基準となる座標軸が無いわけで,客観性のある評価はされにくい.評論家として設計をするにあたって,評論されにくい建築を作るという,その辺の確信犯的な設計行為が藤森さんの作品の面白さに繋がっている気がする.藤森さんてきには,こういうのを合理的というんだろうか.よく分からない.

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